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植物の病気の話

第26話 ビーツ(テーブルビート)の黒色腐敗病

※病名については、文末を参照

 もう60年近く前のことです。札幌の繁華街すすきのを少し外れたところに、「アムール」という、テーブルが5~6卓の小さなロシア料理店がありました。お金の工面ができると、そこでボルシチを食べ、少しばかりのウォッカを嘗めるのが、小さな楽しみでした。ボルシチの中の分厚い牛肉は魅力でした。濃厚なスープには、キャベツのほかに何やら野菜が入っていましたが、それがビーツでした。ビーツと私の出逢いです。
 さて、数年前からこの野菜に、新しい病気が発生しました。今回はそのお話です。

《 ビーツの正式名称 》

 ビーツの正しい名前は、テーブルビートです。この植物の日本への伝来は、1700年頃(元禄時代)とされ、カエンサイ、ビーツなどと呼ばれてきました。ごく最近になって、機能性食品として注目され、道内各地で栽培されるようになりました。砂糖原料用のビート(甜菜:テンサイ)と同一種です。つまりシェパードと秋田犬のようなものです。学名(万国共通の名前)は、Beta vulgaris(ベータ・ブルガーリス)です。

《 新病害の症状 》

 まず、写真①をご覧いただきましょう。左側が健全な株、右側が病気にかかった罹病株です。罹病株は生育不良で、葉がしおれています。葉の一部が枯れているのも特徴です(写真②)。このような株を掘り起こすと、根の一部が黒く変色しています(写真③)。表面(表皮)だけが黒変しているもの、さらに根の内部まで侵食しているものもあります。特に症状が激しい場合には、黒変は拡大し、根の内部が陥没します。

▲①健全株と罹病株。罹病株は著しく草丈が低い

▲②罹病株。葉が黄化し、縮れている(縮葉・しゅくよう)

▲③罹病株の根部の症状(左から全体、横断面、縦断面)

《 病原菌を取り出す−分離− 》

 この黒変部位から、3mm角ほどのブロックを切り取ります。そこから病気の原因になっていると思われるカビ(糸状菌)を取り出します。これを糸状菌の「分離」といいます。写真④が確保された分離菌です。
 この分離菌について、培養性質や遺伝子検査など、専門的な(=マニアックな!)実験が行われます。研究者にとっては、エネルギーを使う仕事ですが、結論は「分離菌は、Fusarium proliferatum (フザリウム・プロリフェラータム)でした」の一語です。

▲④純粋培養した分離菌の姿(シャーレ培養)。白い綿のようなカビで、赤紫色の色素を出します
左:表面 右:裏面から観察

《 分離菌から「病原菌」への変身 》

 分離菌を純粋培養して、健全なビーツに付着させ、発病させる能力があるかどうかを確かめる実験を「接種試験」といいます。この試験で、分離菌がビーツに対して、生育抑制・萎凋・立ち枯れなどの症状を起こさせる能力あることが分かりました(写真⑤、⑥)。この能力(=資格)を「ビーツに病原性がある」と表現します。能力が認知されて初めて、分離菌は「病原菌に変身」するのです。

▲⑤分離菌の接種。分離菌の液体(菌液)に苗を浸している。これを移植した結果が写真⑥

▲⑥左側は菌液につけていない。右側は発病している

《 新病害の報告・命名 》

 新しく発見された病害は、研究者よって学会で報告されます。ビーツの根の一部が黒く変色する病害は、日本で新しく発見された病害です。
 今年(2023年)2月、札幌市で開催された「北日本病害虫研究会」で、5名の共同研究の成果として、児玉が口演発表を行いました。新病害は、「テーブルビートの黒色腐敗病(新称)」と提案しました。新称は、発表者による「こういう名前はいかがでしょうか」というアピールだと思ってください。この提案が、日本植物病理学会で審議・承認されると、正式な病名となり、広く通用することとなります。

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